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腐女子が萌えているブログです。
同人誌発行情報、雑談など。
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「嵐の予兆」 巻→坂 VS 今→坂。 車体と身体を奇妙に揺らす蜘蛛のような独特のダンシングで巻島は無言で峠をじりじりと削るように登っていた。細長い影がゆらゆら揺れる。その後方には1年の後輩、今泉が少し遅れて付いてきている。……今日の二人は峰ケ山にヒルクライムの練習に来たのだ。 総北高校周辺の山でオレのスパイダークライムに勝てる奴は居ない、と巻島は思っている。いま、巻島と対等に競えるのは箱根の関にいる山神こと東堂くらいだろう。 無心に脚を回す中、毎年度最初の頃に行われる新入生ウェルカムレースのことを巻島はふと思い出した。そこで一着を得たものは3年間学年を率いる任を担う。巻島の年には金城、そして今の一年生ではこの今泉が。オールラウンダーで平地にも山にも対応した今泉の走りは安定して速く、インハイを経てまた一段と成長したように巻島には伺えた。 急に日差しが陰り、生ぬるい風が肌にまとわりつく。上空では雲が音もなく流れている。山の空気は変わりやすいとはいえ、慌ただしすぎる動きだろう。出掛けのニュースで明日、南の海で生まれた温帯低気圧、またの名を台風――がやってくると言っていた。一雨来るかもしれない。 普段ここで練習している巻島にとっては自分の庭のように詳しい山だ。最後の急カーブを過ぎれば、じき頂上にたどり着く。そこまで後輩に抜かれないよう巻島はシフトレバーに指を掛け、最後に向けてペースをいちだんと上げた。はやく、いつもよりはやく。終わらせてしまいたいと強く願った。 標高のピークを示す山頂の青い道路標識が見えた瞬間、ホッとした巻島の踏み込みが若干甘くなった。 (……まだ早いぞ裕介、ダメっショ!) その一瞬の隙を突いてブレの少ないダンシングで飛び出してきた今泉に隣に並ばれ、焦った巻島は必死でラストスパートをかけた。 * 時々きらりと輝く、下ろしたてのスコットのバイクを無造作に置いた今泉は倒れこむように駐車場の路肩、木陰の芝生の上に寝そべる。巻島はその横にしゃがみ、脇腹をピン、と指でごく軽く弾いた。 「クハ、今回はオレの勝ちっショォ。お疲れさん」 「あぁ、悔しいです」 もうちょっとでイケると思ったんですけど。オレもまだまだですね。今泉は寝そべりながら言葉を続けたが、悔しさよりも先に充分に力を発揮でき、今後の見通しが立った収穫のほうを多く感じているようだった。 今泉と巻島。この組み合わせで走るのはインターハイ3日目のゴール付近を除けばほぼ初めてだった。 『金城さんに少しでも追いつきたいんです。オレ、ヒルクライムが弱くて。インハイ直後で恐縮ですが、練習に付き合っていただけますか』 そう言って欠点を直したいと休日の巻島を山に誘ってきたのは今泉の方だった。同じチームメイトでも、クライマーの巻島はオールラウンダーの今泉と話したことはあまり無い。人懐こい田所や鳴子と違ってふたりとも自分から進んで話しかける方ではないし。 山の頂上の駐車場の隣には小さな無人の休憩所がある。クライムを終えたふたりはそこで体を休めた。 インハイが終ればもう3年生たちは実質引退と決めていて、あれから数日しか経っていないとはいえ休めていた体は予想以上に鈍っているようだ。思ったより疲労を感じた巻島は休憩所の表にあるプラスチックの椅子に座りこみ目を閉じた。呼吸だけに集中するようにはあぁと深い息をし、俯く。 「アー……。久々に本気出したっショ……」 空を仰いだ巻島は不要な二酸化炭素と一緒に独り言を吐いた。その一方で、既に回復したらしい今泉は休憩所の入り口に備え付けの自販機に向かって何やら飲み物を買っている。ペットボトルが落下するゴトン。という重い音が他に誰もいない静かな山頂に響く。椅子に腰掛けながら巻島は後輩の方を一瞥した。汗はかいているが、巻島ほどの疲労はないようだ。インハイで御堂筋と勝負し、不慮のアクシデントでフレームが壊れたものの長年のライバルを打ち破ったことが彼の自信に繋がったようで今泉の体からは未来のエースを担う気迫が垣間見えた。 「巻島さん、どうぞ」 今泉はスポーツドリンクのペットボトルを先輩の目の前に差し出す。 「あ、サンキュー……」 蓋を捻りよく冷えた液体をゴクゴク喉に注ぎながら、いま、ここで、生きていると感じる瞬間を巻島は味わった。 遠くで鳥の甲高い鳴き声がする。何の鳥のものかは分からない。 「今泉は随分速くなったっショ。インハイ効果が効いてんな」 巻島は素直に今泉のことを賞賛した。あの金城ですら1年生の時はこれほどではなかった。……今の時点でこの力量だったなら、きっと将来は相当伸びるだろう。 「いえ、オレもまだまだです」 わずかに唇の端を上げながら今泉は謙遜した。より上の強さを知っている故の謙遜だろうが、まだまだ行ける。という良い意味での気負いを同時に巻島は感じた。 「あの、今泉……」 「巻島さん」 「オレの独特なクライムスタイルはお前と合わねェ。金城に教わったほうが効率がいいだろうナ。そんなこと、もう判ってんだろ。――どうして今日、わざわざオレを誘ってきたんだ?仲がいいワケでも無いのに」 ここ数日。巻島は今泉からの特別な視線を感じていた。部活だけでなく、校内で単にすれ違う時も。チームメイトの親愛や先輩への敬意ではなく、ピリッと刺すように痛い、剣呑な目つき。……その視線の意味に最も近いのは「敵意」だろう。しかし、何故か。その視線が度々温かいものに変化する時がごく稀にあった。 人の強い感情を受けるのは得意でない巻島は、今泉からの温度の定まらない奇妙な視線に居心地の悪さを感じた。ひとことで言えば『気持ち悪い』だ。そこにあるのが敵意なのか愛情なのか、ハッキリして欲しかった。 「やっぱり、バレてますね。先輩にはかなわないな……」 今泉は降参だとばかりに頭を軽く掻いた。 「お前の目線が痛くてたまらねェんショ」 その真意はいったい何なんだ。オレはよく分からねェ。言いたい事があるなら何かハッキリ言ってくれ。オレはお前に恨まれるような事、何かしたか?巻島は指の先まで力を込めて言い切った。 「全く恨んでないといえば嘘になりますが、恨んでるわけじゃないです」 「ハ。どういう事だ?」 「オレ、あなたと同じ相手が好きなんです」 意外なセリフに巻島は息を呑んだ。沈黙が場を支配する。 羽撃く鳥の、悲鳴に近い鳴き声が虚空に響く。 巻島の顔から血の色が引き、一拍置いて顔が赤くなる。感情の急すぎる奔流に目を回しそうになったが、なんとか身をとどめた。冷ややかな視線が一転親愛な視線に変わる、今泉の異様な視線を感じた時。そういえばあの時もこの時も、オレの隣にいたのは坂道だった。パズルの欠けたピースが嵌るように、ああ、そうか、と巻島は合点した。あの好意的な視線はオレに向けられたものではなかったのだ。ということ。 「坂道のことが好きなんです。あなたも、そうですよね?巻島さん」 ……小野田坂道。最初はただの後輩だと思っていた。無頓着な髪に時代遅れのメガネを掛け、背が低くて小動物のように可愛らしく、オタクでおどおどした外見で、しかし心の中にしなやかな強さとひたむきさを抱いている、同じクライマーの後輩。魔法使いのように数多の想いを実現させ、夢を抱かせる坂道の行動を何度も目の当たりにするたび、誰しもが心を躍らせることを止められない。 はじめは他の皆と同じように坂道を見守っていた巻島の温かい感情の中に、いつからか疚しさが混じり、それはウィルスのようにじわじわと巻島の心を暗く侵食していった。基本的にニヒリストで他人に心を開くことが稀な巻島に「オレはあいつに魂をあずけた」とまで思わせた坂道。……勿論巻島は、走ること、勝利を求めるために坂道に魂を預けたのだ。しかし、その気持ちの成分にまったく不純さが混じっていないといえば嘘になる。 「ったく、何言い出すかと思えば。お前からの厳しい視線の理由は判ったケド、残念ながらオレは坂道にそんな気持ちビタ一文も持ってねェっショ。『ただの後輩』ってだけだ」 しかし。心の内をさらけ出した今泉の振る舞いを巻島は敢えてはぐらかし、質問に質問で返した。 「でも。どうしてそんな事オレに言うんだ?想いがあれど、自分の心に秘めていればいいだろ。一々オレに言うことじゃねェっショ……」 自分に言い聞かせるように巻島は言う。 「これは宣戦布告です、先輩」 きっ、と今泉は鋭い瞳で巻島のほうを見返しす。 「好きなものには、堂々としていたいんです、オレは」 高貴な騎士のごとく言い放つ今泉の立派な態度に、卑しい巻島はどこか後ろめたい気持ちにさせられ険しく目蓋を伏せた。 「近いうちに。坂道に告白するつもりです」 今泉め、インハイまでは坂道のこと苗字で呼んでいたくせに今は名前で呼ぶのか。ギリッ。巻島の拳に無意識に力が入り、やや伸びかけの爪が掌にぐいと刺さる。 「あいつ恋事に疎そうだから、そこに付け入って、気持ちを揺さぶればオレのところに落ちるかもって。吊り橋効果的な」 「……そンな無茶なコトして、振られるかもしれねェ。それ以前に、同性同士だぜ?『気持ち悪いです』って避けられるオチがあってもか?」 茨だらけの言葉を口に出す巻島の、剥き身の剣を素手で持つような攻撃が彼自らの精神をもえぐる。 「それでも……何もしないよりはマシだと思うんで」 ――ゴールに真っ先に入りたいと願うように。坂道の事を手に入れたいんです。 今泉は獲物に跳びかかる前の渇望する獣のような瞳を巻島に向けた。迷いのない真っ直ぐな魂が青い炎を映し出す。その気迫に巻島の全身が総毛立った。 「好きにすればいいっショ。オレには関係ねェ話だ」 巻島はその細い体で獣の攻撃を闘牛士のようにひらり、とかわした。 「関係ない、って。オレには分かってるんですよ、巻島さんも同じなんでしょう。どうするんです……」 「好きでもねェのに、告白?冗談言うなヨ、今泉」 自分でもずるく、酷いと思うけれども。それでも、どうしても、巻島は坂道のことを手放したくはなかった。その為に、何も言わず、打ち明けず。己の心を殺してでも傍に置き続けたかった。賭けに出てひどく拒絶されるより、絶対に手には入らないがいつまでも続く生暖かい地獄を選んだ。先輩の権限を使って無理強いするという手もあったが、巻島の高いプライドがそれを許さなかったし、坂道を傷つけるようなことをするなら死んだほうがよほどマシだ。 いつもつとめて平然と。何もない顔をしながら隣に立ち、寄り添う存在。深く関わるではなく、それを選んだ。――永遠に何も変わりはしないとしても。 (それに、オレは。オレは、もうじき……) 峠を超えて、この山頂にはいつも強い風が吹く。特に今日はとびきりの風が。激しい低気圧が近づいてきている。……もうすぐ、嵐がやってくるのだ。 【END】 (2012/12/27) PR | カテゴリー
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